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もと三十路女子のつぶやき。

思ったコトや気づいたコトをひっそりつぶやいてます。

プロフィール

☆ Noah ☆

Author:☆ Noah ☆
四十路も半ばに入ってしまった(爆)もと三十路女子。メガネっ子。抹茶ラテ好き。
仕事はフリーのIT従事者でしたが、去年より専業主夫をしていたダンナが入れ替わりで大黒柱となり、拠点がナニワ→オーストラリアへと移動になりました。
海外生活ゼロのわたしが未知の国で何ができるのだろう?と、今後の人生をどうやって生きていくかを模索中。
このままオーストラリアに永住するのか、やはり日本に戻ってくるのか、はたまた第三国へ移動するのか…。
相変わらずの優柔不断な日豪夫婦です…(爆)
出没エリアは…、ナニワなら梅田・心斎橋・なんば。
オーストラリアならブリスベンですかね。以下、ポチッとして下さると励みになりますっ。
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いらっしゃいませ☆

 

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つぶやいてますw

 

2019. 12. 27

今年もあと僅か

どーも。

Noah です。

今年も残すところ今日を合わせると

あと5日…。

去年今年は

父の癌発覚→切除手術→転移発覚→余命宣告

去年の今時分は

確か陰茎癌の切除手術で

いっぱいいっぱいだった気がします。

切除手術の後、父の容態は快方に向かって

一時は普通に仕事もしていた位だったのに

今年の夏あたりから息苦しいと言い出し、

肺に転移が見つかり、

抗がん剤治療を続けた結果、

肺腫瘍はあまり小さくならず、

体力ばかりが奪われ、どんどん弱っていき

体力がないからもう治療できないと言われた訳ですが

医師に言われるまま受けた抗がん剤治療…

本当に正しい判断だったんだろうか

という疑問が未だに頭にあります…。

とは言っても

今更過去に戻るコトはできませんし

そもそも父が横着せずに

身体の異変を放っておかず

早々に病院へ行っていれば、

こんなコトにはなっていなかったのに…

と弟と母と話をする度に

ついつい出てしまうんですよね…

本当にもう後の祭りなんですけど…

4回目の抗がん剤治療の後、

父は点滴を外すコトはできず、

家ではもう生活ができない状態で

休止期間が終わった後も

受け入れてくれる緩和ケア病棟が見つかるまでは

仕方なく大阪国際がんセンターに

居続けたのですが

今週25日のクリスマスの日に

何とか緩和ケア病棟へ移るコトができ、

家族一同、少し安心しました。

緩和ケアを専門に扱っている病院では

点滴を治療行為とみなすところもあるらしく

父を受け入れてくれる緩和ケア病院はないのではないか…と

心配していたのですが、無事に見つけるコトができ

本当によかったです。

と、同時に

新しくついて頂くコトになった担当医から

父の容態は楽観視はできず、

肺腫瘍がどんどん大きくなっており

動脈や心臓を圧迫しつつある状態である現実と

看護師さんからは

葬儀についての段取りなども

心づもりしておいた方がイイという

アドバイスを頂きました。

父の転院手続きが無事に終わった後、

弟と母と3人でお昼ご飯を食べてから

葬儀屋さんに電話をし、お話を伺いに行ってきました。

前もって色々話を聞くコトができたし、

そうなった時になってからより、

今話を聞けて良かったと 3人で帰りました。

我が家は今年8月にお義父さんが、9月に祖母が亡くなって

喪中なので、お正月は…なし。

新しく移った緩和ケア病棟で

父の状態がどうなるか…まずは今年いっぱいは様子見です。


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2019. 12. 18

現実とのご対面

どーも。

Noah です。

早いモノで

帰国から早1週間が経過しました。

実家と父の入院する病院へ足を運ぶ日々です。

帰国当日の帰宅は日付が変わった頃、

大阪梅田辺りで電車に揺られてました。

こんな隔月で大阪に帰ってくるコトになるとは…。

小ぶりで古いながらも、マンション持ってて

ヨカッタなあ…とひっそり思いつつ戻って参りました。

大阪に帰宅した日のお昼過ぎに

今から親父のトコ行くけど、姉貴も行くか?

と弟が連絡をくれたので、

便乗して父に会いに行ってきました。

何というか…無理に受けた4回目の抗がん剤治療で

父はすっかり弱ってしまっていて、

治療方法はこれしかないと言われたからとはいえ

他に選択肢はなかったのか…と

思わざるを得ませんでした。

長い入院生活で性格が少し変わったのかもしれませんが、

事あるごとに しんどい。しんどい。を連発し、

オーストラリアから帰国して会いに来たのに

ろくに話もできず、病院を後にするコトになりました。

去年の父からは想像もできない程、

痛々しい姿で、とても複雑な気持ちになりました。

(ま…去年も陰茎癌の切除手術前でしたけど)

父の余命宣告から、日がいくらか経っており、

弟はもとより、母も結構落ち着いていて

3人で連携して、何とかやっていけそうだとは思いました。

生きている本人を目の前にして

どういう緩和ケアを受けて最後を迎えたいのか

どういうお葬式にしたいのか

資産管理はどうなっているのか

こういった事務的な作業も

家族がカバーせざるを得ないので、もう何というか

悲しんでばかりもいられない…。

父がもうできないであろう後始末作業についても

打合せをせざるを得ないんですよね…。

わたしがブリスベンにいて

事あるごとに電話越しで泣いてた母も

そりゃあイヤでも冷静になってくるよね…と静かに納得。

今年8月お義父さんが倒れた時は

意識がないまま亡くなってしまったので

自分の意志というモノは全くなく、

そういう意味では恵まれているといえばそうなのか…

とりあえず。

わたしは風邪もインフルエンザもひかず、

元気にやっております。

状況は…カオスですけど…ね(汗


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2019. 12. 10

明日帰国します

Noah@オーストラリアです。

今週末からコッチの子供たちが夏休みに入るので、

その前に航空券を取った方がよさそう…と判断し、

カンタス航空に

家族が医師に余命宣告された場合に

ビリーブメント制度(家族が危篤・急逝した場合の割引)が

あるか聞いてみたところ

既に予約を持っていて、帰りの便を変更する場合

運賃差額は支払わなくてはなりませんが、

変更料やオペレーターに依頼する手数料は免除してくれ、

結局かかった金額は 6,000円で とても助かりました

スタッフに確認したところ、父の診断書なども不要でした。

ただ緊急帰国の変更なので、

あんまり先の変更は通常変更として扱うと

釘を刺されましたけど、言い分は正当だと思います。

わたしは今週中には何とか戻りたかったので、

考えもしませんでしたが…。

とにもかくにも

明日の夜には大阪入りできそうです。

でも、すごく寒そう…。

8℃かあ…。
20191210_110723.jpg
30℃以上の夏→冬に移動…(T_T)

風邪ひかないようにしないと(-_-;)


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2019. 11. 29

方向性が決まりました

Noah@オーストラリアです。

11月も月末となり、今年もあとひと月…。

なんて早いんでしょう。

今年もあっという間に終わっていく…。

時間の移り変わりを止められないのは判っていますが

なんだか物悲しいです。

さて、今回のお題ですが、

先日 弟から 父の主治医に会ってきたと連絡がきました。

どういう内容であれ、

父の状態を正確に把握する必要があるというのは判っていたし

わたしは薄々察しがついていたので

ある程度覚悟はしていましたが、

弟から言葉にして伝え聞いた時は さすがに衝撃でした。

父はもう長くありません…

もってあと半年。

それよりも短いかもしれない。

そんな中、残された選択肢は2択。

抗がん剤治療を続けるか、

止めて緩和ケアを受けつつ死を待つか。

抗がん剤治療を続けても進行を遅らせるだけで、

治る見込みがないのに、ツライ思いをさせ続けるべきなのか

残りの時間を自分の思うように

穏やかに過ごせるようにすべきなのか。

翌日の朝、

電話で母に詳細は弟から聞いた話をすると

先ほど、父が抗がん剤治療を続けるという連絡が

弟から来たとのコト。

緩和ケアで

受け入れてくれる施設を探すのには時間がかかるので

抗がん剤治療を受けている期間中に探す…みたいな感じで

方向性が決まったようです。

わたしも日本に再度戻るコトを検討していますが、

今ダンナは仕事期間中で Emerald におり、

仕事期間が終わって

ブリスベンに戻るのは来週の木曜日だし、

わたしが日本に帰るとなれば、

おそらく父の最期まではブリスベンには戻れない。

そうなると、ダンナに負荷がかかってくるので

それを考えると、

簡単に今すぐ日本に帰るとは言えないのです…。

それに。

よりにもよって、

年末で飛行機代は高額。

もともと来年1月末には日本に戻る予定で

そのチケットは手元にあります。

時折フライトの状況は見ていますが…。

弟も母も

わたしの事情をある程度は判ってくれていて

大阪にすぐ帰って来いとは強くは言いません。

でも、戻ってこれるなら…と

思っているのは言葉の端々から伝わってくるので

まずはダンナが仕事から帰ってくるのを待とうと思います。

※追記※
今回は難しいお題となったので、敢えてコメントをクローズしました。
ご意見を頂くというよりは、自分の気持ちを開放してあげたかっただけので。
編集する前にコメントを下さった方、ありがとうございます。

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2019. 11. 20

芳しくありません…

Noah@オーストラリアです。

ブリスベンに戻り、早いモノで 2週間が経ちました。

南半球であるコチラは夏に向かって、

どんどん暑くなっております…

日本の夏と違って、湿気があまりナイので、

汗をダラダラかくという感じではナイのが救いです。

日陰に行くと比較的まだ過ごしやすいですけど、

コレからの気温の上昇を考えるとチョット…(汗

さて。

今回のお題は察しがつきやすいかと思いますが、

父の容態が再び芳しくありません…

2回目の抗がん剤治療の後は

しんどいとは言ってましたけど

よく喋るし、元気そうな感じだったのですが、

今朝 母に電話をしたトコロ、

3回目の抗がん剤治療の後、

一旦 抗がん剤治療の休憩を入れるため

家に戻っているそうなのですが、

食が細くなって、体重が更に落ちている上に

父が咳をする度に母が不安がっている感じでした。

母との電話で

弟が実家に顔を出すとのコトだと聞いたので

両親に会った後、連絡をくれるようにと母に言付けて

母との電話を終わらせました。

電話の最中、父と話そうとも思ったのですが、

調子が悪く基本ずっと寝ていると母に言われて

そっとしておくコトにしました。

……。

打つ手がもう…ないのだろうか。

以前話に出ていた遺伝子検査は残念ながら、

父の治療には使えないとのコトで、

今のトコロできる治療は

多少結果が出ている抗がん剤治療…なのですが

思いのほか、父の体力を奪うので

続けさせるべきなのか…

悶々と考えている最中、

弟から LINE で連絡が来ました。

今日は父の銀行回りでの作業を手伝いに

実家に行ったそうですが

父の状態がよくなく、途中で切り上げて

その帰りに電話をくれたようでした。

母の話だけだと、

父の容態がよくないのは判るんだけど

気持ちが先行していて、

不安になるのは仕方ないのだけど、

何がどうよくないのかが、

あまりハッキリ判らないから

一度主治医に会う機会を作ってもらう

という話をしていたので

私が判っている範囲での話をした後、

自分で選んだ道とはいえ、日本を離れ

両親のコトで弟に負荷をかけてしまって申し訳ない…。

今、大阪に帰るべきか?と聞いてみたトコロ、

姉貴が戻ってきても、

状況は大きく変わらないだろうし、

ソッチはソッチの生活があるだろうし

コッチは自分のできる限りのコトはするし、

何か判ったらまた連絡すると言ってくれました。

ただ。

前回の祖母の時と違い、

もしもの時は

おそらく帰国を余儀なくされるだろうから…

という現実についても共有して、

弟との会話は終わりました。

因果なモノで。

今の状況に

それなりに気持ち的にショックは受けているのですが、

ちょうど去年の今時分に、

母から父のガン告知を聞いた時に比べると

冷静に考えられている自分がいます…。

いいコトなのかどうなのかは…判りません。

ただ。

自分ができるコトを一つずつ

丁寧に重ねていくしかないんだろうなあ…と。

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2020年をどう生きる?

去年8月から今年のお正月にかけての半年間で、お義父さん・祖母・父と3人の家族を亡くすという波乱の幕開けとなりました。
豪州人のダンナにとっても、わたしにとっても否が応でも死について考えざるを得ない状況となり、おそらく今年はオーストラリアに永住するかしないかの決断を下すコトになりそうです。
あとできれば、今年 母を一度ブリスベンに連れて行きたいですね。父が生きていれば一緒に連れて行きたかったですが、叶わぬ夢となりました。
平行して水面下でダンナの家族側でお義母さんの生まれ故郷であるタンザニアへ行く話が出ており、初アフリカ大陸上陸する可能性が…!!
いつもながらダンナの家族のインターナショナルぶりに度肝を抜かれつつ、今年も過ぎるのかな…(汗)
あ、アプリ開発も頑張りますっ。コレで 1円でもお金を稼ぐぞ~!!
ま、こんな感じで今年もイロイロありますが(爆)、引き続きお付き合い頂けると嬉しいです☆
 

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